今日はお世話になっている台湾の人が来日して会食に。観光で来日してらっしゃって、72歳になる親戚の方も一緒にいらっしゃっていました。
その方は少し日本語が話せて、聞くと、日本統治時代に小学校1年生に双葉小学校で日本語を習ったそう。
台湾総督府ってみなさん知ってますか?台湾が50年近くも日本に統治されていたことは知ってますか?私は大学に入る前にはうっすらそんな話を授業で聞いたかなくらいで、韓国に関してはそこそこ(良くも悪くも)教えられますが、台湾に関してはあまり授業で習った記憶がありません。
あまり知らない方も「犬の代わりに豚が来た」という言葉は聞いたことがあるかもしれません。
この方は、当時の台湾人が受験で5人しか入れない双葉小学校に入り、その5人以外は日本人の中で勉強できたのが本当に嬉しかったと。クラスは60人くらいだったそうです。今の感覚で言うと、有名な学校に入れたのと同じような感覚よ笑顔で言ってました。
実際に台湾に訪れると親日な方々が非常に多いです。若い方は今の日本文化に対する興味からかもしれませんが、年配の方は統治時代の影響で親日になった方も多くいます。
7年ほど前に台湾に訪問した際に、初めて台東地区に行ったのですが、そこは英語も全く通じなく、困っていたところ、老齢の原住民の方が日本語を話してきてくれて、聞くと、同じく同化政策による日本語教育でした。奥地の原住民までにも台湾総統府は徹底していたのです。ちなみに、この方も非常に親日の方でした。
しかし、日本が行った政策の功罪として、功としては、教育、衛生、経済などを発展させたということがあり、台北(北部)では割と功の部分を見て頂いている方も多くいますが、南部では、その発展させるベースが無かったため、自分たちの生活を強制的に変える日本に対する反日感情も少なくありません。もちろん北部にも反日の方はいらっしゃいますが。
親日の方の言葉を聞くと、日本人である私は統治時代もまんざらじゃなかったね、なんて思いも出てきす。このような思いが、似た状況にあった韓国と対比して日本人が台湾に対しては好印象である理由だと思います。ただ、結果としての文明的な発展(発展の目的も重要ですが)とアイデンティティとは全く別次元であることは忘れてはいけないことです。
時代が過ぎて行くにつれて、リアルタイムでこういった話を語れる人がどんどんお亡くなりになっています。残念ながら私のおじいちゃんもおばあちゃんはどちら側も亡くなってしまいましたが、おばあちゃんからはソ連軍が条約に反して家の中まで入ってきて、なにもかも持って行った話などを生々しく聞きました。高齢の方は昔の強い印象に関してははっきりと記憶しているものです。
歴史は、普段なかなか意識することがないですが、中央の歴史ばかりが歴史じゃありません。特に、山と川の教科書を習った私たちの世代は。
特定の人からの話はもちろん事実もあれば、記憶違いもあれば、一側面しか押さえていないことも多いのですが、身近な人との話で、自分がその体験を追体験することで、教科書の歴史とはまた違った歴史を見ることができます。追体験とは私の恩師である大濱先生が言った言葉ですが、今の感覚値ではなく、当時の状況に思いを寄せ、追体験することで起こった事象の良い悪いなんてことは変わってくるものです。
そして、私たちは意識することなく育った環境や社会という身近な歴史の中で生きています。
丁度お盆なので帰省した折りにはおばあちゃん、おじいちゃんといろいろ話してみるのはどうですか?
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